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「カンブリア宮殿」に京都の老舗である福寿園の会長福井正憲氏が登場する。

福寿園といえばサントリーの緑茶「伊右衛門」発売するにあたり手を組んだ茶舗である。

ちなみに福寿園×サントリーの「伊右衛門」は売上1兆円を超すモンスター商品だ。

ここではその福寿園会長・福井正憲氏の経歴や学歴を調べたので、wiki風に紹介していく。

なお年収も調べたので、参考にしてほしい。

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福寿園の福井正憲氏
ってどんな人?

福井正憲

プロフィール

名前  :福井正憲
よみかた:ふくいまさのり
出身地 :京都府京都市
生年月日:1936年生まれ
年齢  :80歳(執筆時)
最終学歴:同志社大学経済学部卒業

経歴

◆1958年3月 同志社大学経済学部を卒業
◆1958年4月 (株)福寿園に入社
◆1990年3月 福寿園代表取締役社長に就任
◆2013年5月 福寿園代表取締役会長に就任

1994年2月より京都府茶協同組合副理事長・京都府茶業会議所理事・関西茶業協議会会長・全国茶商工業協同組合連合会理事・日本茶業中央会理事などといった茶に関する理事を多数務める。

年収

1年間で1億円以上の役員報酬を得ている、上場企業役員443人が掲載されていて、その中にお茶業界の企業ももちろんある。

しかし、福寿園の名前は見つけることがきなかった。

とはいえ超優良企業なので1億円に近い金額を稼いでいるに違いないだろう。

参考としてお茶業界で福寿園と似たような企業で伊藤園の会長である本庄八郎氏。

その額は、1億5900万であった。

伊藤園の商品で有名なのが「お~いお茶!」で、福寿園の「伊右衛門」と並ぶ人気商品を持つことから似たような金額を稼いでいるかと思ったが他商品で差が出たのかもしれない。

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福寿園について

福寿園

創業:寛政2年(1790年)
設立:昭和24年(1949年)
資本金:8600万円
従業員数340名

本社所在地

〒619-0295
京都府木津川市山城町上狛東作り道11
TEL(0774)86-3901

福寿園HP

福寿園の歴史

福寿園の創業は1790年で時代は江戸幕府まっただ中で将軍は第11代・徳川家斉。

とても古く歴史のある老舗中の老舗で関西を中心に、福井伊右衛門により茶商として始まった。

昭和24年に六代目園主の福井正巳が個人経営から法人組織にして、初代社長に就任、福寿園の基礎をつくる。

昭和35年には本社新社屋と煎茶・抹茶の工場が完成した。

昭和49年 経営の近代化のためにコンピュータによるシステム管理とコストダウン、そして徹底した品質管理体制を確立した。

平成2年 福井正憲氏が社長に就任してからは、工場や店舗などを次々と開設し業務を拡大するとともに品質管理体制もしっかりと体現していき、様々な国際規格の認証を取得した。

平成16年 コラボレーションブランド「伊右衛門」を発売。

平成25年 会長に福井正憲氏、社長に福井正輿氏が就任する。

成功へ導いた経営力

福寿園×サントリーでのコラボでの「伊右衛門」が発売されたのが約10年前のこと・・・こちらの商品の売上はなんと1兆円を超す。

これを生んだ福寿園の福井正憲氏の経営術には秘密があった。

その独自の経営術とは、歴史ある福寿園の「伝統」と次々と時代が進むにつれて進化していく「革新」の「二兎追う経営」というものである。

これを心の中で見つめながら時を過ごしてきた結果が、今の成功した福寿園の礎になっている。

実際に「伝統」を大切にしている部分から考えても、コラボレーションフランド名の「伊右衛門」は、創業者である福井伊右衛門の名前をとったということだ。

しかも福井正憲氏は実にワールドワイドで世界中を旅していて、茶という日本の文化を世界にも広めようと活動してきた。

茶をCHAと捉え、人と人を結ぶコミュニケーションであり国と国をつなぐ架け橋と表すほどである。

すでにシンガポールやロシア、そしてベトナムといった3店舗も出店していて、今後もさらに強化していく予定ということだ。

福井正憲氏は常にアイディアマンとして新しい発想と実行を繰り返し、宇治茶を「世界の宇治茶」としての発展を目指し、幅広く活動をつづけている。

80歳にして、いまだ現役バリバリのところが凄すぎる。

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本日も最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

出典元:j-net21.smrj.go.jp*blogs.yahoo.co.jp

 

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